2009年01月09日

みな口では武士道を語ります

武術を習う人の多くは、武士道を語ります。

何かというと武士道。精神論といえば武士道。
これは武術だけではなく、スポーツでも格闘技でも政治の世界でも同じです。

でも、本当のことを言えば武士道ってかなり難解だと思います。
理論よりも実践が大切で、少しずつでも生活に取り入れていかなければ意味がないし、理解も出来ない。

日々に死を充てて生きる。
分かるような分からないような。

誠を為す。
とは言っても、知識ではなく心の底からその心が出なければ意味がない。

だから武士道というのは、知識に終わると全く無意味になってしまう。
世の中との関係性を如何にしていくかが、重要ではないでしょうか。

そのためには力が必要だし、金も必要。
武術で自分を磨いていくのも、まずは社会で身を立てることが最優先だと思うようになりました。

世の中は、自分一人が清廉潔白であっても、全く意味がない。
そんなのは自己満足ですよね。

ニックネーム samurai at 12:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 武士道

2008年12月24日

武術にこそ思想を

世の中が動き、人に変革が求められる時代です。

しかしながら、相も変わらず趣味で武術をやってる人間は自覚がなく、ひたすら幼稚な技術論を振り回すばかり。

尊敬されないのも当たり前だよね。

武術家が、呑気に趣味で武術論を振り回し、子供の喧嘩の延長線上のような精神状態で武術を語っている。

まともな大人から見たら、蔑視の対象でしかないと思います。

今こそ武術にも思想が必要かと。

いや、本当はもっと昔からそうだったのでしょう。

ですが、伝統武術を継承する者にすら自覚はなく、ただただ技を保存するだけ。

しかもその技の保存も現代風にアレンジされているだめ、古伝の技とは大きく変わっているはずなのに、それに気づかない。

自分たちだけは大物だと思っている人も少なくない。

いい加減、武術家は思想を持ち、世の中から尊敬される人間を目指していかないとダメじゃないか。

謙遜は美しいけれど、もっと声を高らかにして、人間として高いレベルを目指していきたい。

ニックネーム samurai at 12:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 武術

2008年10月15日

サムライの本分とは何だろうか

この現代の日本においても、自分のことをサムライと自称する人は多いですね。

武術をやってる人はもちろん、企業の社長さん、スポーツ選手など、どの世界にもサムライはいます。

が、たまに、それって本当にサムライか? って思いたくなる場合があるんですよね・・・。

なんというか、「サムライ=戦う人」というイメージが先行しすぎて、戦ってればサムライ、みたいな安直な考えを持ってる人が少なくないような気がします。

特に格闘技の世界に多いような・・・。

戦うだけなら山賊でも戦いますし、野武士、ヤクザ、みんな戦いを生業としています。

でも彼らは決してサムライではないわけです。
戦うだけがサムライではない、ということは明白だと思います。

なら、どういう人をサムライと呼ぶのか。
サムライの本分とは何か。

なかなか難しい命題であり、わたしも正しい答えは分かりませんが。

ただ、武士道精神には紛れもなく「高い身分にともなう者の義務」がつきまとい、それはつまり「奉仕の精神」だと思うわけです。

それゆえに、サムライは自身に誇りを持って生きることができる。
戦闘が上手で人殺しだけが得意な者は、サムライではないでしょう。

サムライがサムライたる本分は、利己的な自分を律し、いかにして他者に奉仕できるか。

それに尽きるのではないでしょうか。

少なくともサムライを自任する者は、利己的な感情に疑問を持ち、周囲への配慮ができる必要があると思うのですね。

ニックネーム samurai at 23:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 武士道

2008年09月29日

武士道を実践するために

武士道、という言葉が流行ってはいるのですが、何だか実態があるようなナイような、非常にビミョウな流行り方であるような気がします。

だいたい、新渡戸稲造の武士道と葉隠の武士道では、共通点もあるとはいえ、思想的にほとんど別物です。

だけど世間的には、同じ「武士道」と表現されてるわけです。

経営者の人や武術を稽古している人たちは武士道が大切とか言いますが、実態が伴っていなければ単なるスローガンでしかないわけですし、現代の世の中にとって有用とは言えませんよね。

武士道の解釈はたくさんあると思うのですが、わたしが魅力だと感じているのは、

「行動力!!」

これに尽きます。

口先だけの理論家を武士は認めないわけですね。

そういうイメージがありますし、たぶん、そうだったのではないかと・・・。

現代で武士道というものが輝きを放ち、単なるスローガンを超えた価値を持つとすれば、自らが信じるものを貫くために行動する、というところにヒントがあるような気がします。

単純な話、口先だけで武士道を語ってる人は、実に格好悪いわけです。

行動できないなら、武士とか侍とか言わずに、黙って損得勘定で生きていれば良いのではないかと。

その方が潔いし、美しいかと。

これは自分自身に対する戒めでもあるのですが、武士道を志す者は、常に行動を続けるという覚悟が必要だと信じます。

まあ、難しいですけど、わたしの中の日本人のDNAがそれを美しいと言っていますし、その感性に正直に行きたいと思っています。
ニックネーム samurai at 00:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 武士道

2008年09月01日

武士道を学ぶ意義

昨今、日本人のモラルが低下しているなぁ、と感じることが多くなっています。

自分自身で責任を負わず、何でも人のせいにして、そんな自分に恥を感じないといった人間が幅をきかせてているというか。

物質的な利益を最重視するあまり、大切なものが失われているような気がするんですね。


どうしてそのようなことになってしまったのか。

その答えを導き出すのは大変ですし、一言ではとても説明できないのですが・・・。

とにかく、現代の日本人の多くには、精神性というか思想がない。
それは確かだと思います。

だから日本を訪れた外国の人が、ガッカリして帰っていくということも少なくないそうです。


高潔で素晴らしい日本人。
誇りと自信に満ちあふれた日本人。

それはもう、過去の幻想なのでしょうか。


そんなことはないはずです!

今こそ、わたしたち日本人が、かつての高潔な精神を取り戻していかなければならない。

取り戻していけば、日本はもっと豊かになるし、外国からの視線も変わってくるのではないでしょうか。


そのために、武士道です。

武術と共に日本に伝承されてきたサムライの思想を学ぶことで、何か見えてくるのではないかと考えています。

特に、わたしたち若い世代こそが、率先して変わっていく必要があるのではないでしょうか。

ある意味で、今の日本を作ったのは欲望まみれの大人たちなのだから・・・。


このブログでは、武士道を手がかりに、どのような自分であるべきかを考えていきたいと思います。

ニックネーム samurai at 20:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 武士道